清楽「碁」物語

【囲碁】17路から19路盤になる過程のお話。

先日宮国氏から聞いた話だが、切り賃がなくなった過程や、17路盤から19路盤になっていった過程は歴史に残っていないらしい。

大昔の「棋譜」は残っているが、それらも反転させたものから上下逆さに写したもの、左右対称に写したものまで出回っており、真偽をつかむのはなかなか難しいようです。

そんな曖昧な歴史なので、宮国流に推察というか物語にしたというか…なかなか面白い推察となっています。

遠い昔のどこかの国のお話

「切り賃」が日本の碁からなくなったのはいつのころだろうか。はじめに大陸から朝鮮半島経由で来たころから、すでになかったのかもしれない。

歴史的事実を、仮説とか推察などと軽々しく判断してはいけない事だが、これからの研究調査を待つ事と留保しておいて、次のように話を進めてみた。

かの国で紀元の前後あたりか、あるいはもっとさかのぼるかも知れない。17路盤が定着してとても碁が流行り、普及したのである。

その頃、双六や花札などの類も流行った。しかもほとんどの人が何らかの懸賞をのせていたのである。つまり博打だ。仕事をさぼって熱中したのもいたか。

これは国王でなくても苦々しく思う。国の乱れと感じた官僚たちもいただろう。とうとう大臣たちも「博打禁止令」を改めて出すことも考える。博打禁止令みたいなのはあったはずだから、具体的に「双六、花札、将棋、などの禁止」とするかどうかの話になる。

そうしたら、正直者か碁キライの大臣が「碁はどうした」などと言う。今度は他のみんなが困って黙ってしまう。

国王は、妃がヒステリーを起こすくらいの碁愛好者だったのだ。

ある日の国王と側近の会話

大臣
・・・という事です。

国王
それでは大臣、あなたは我に泣いて、馬じゃない、碁を切れと申すのか。碁を打つなと。

大臣
違います!私めも、酒をやめるか、碁をやめるかと言われたら両方止められないと答えるほどの碁好きは、王も知っておられます。碁禁止令が出るくらいなら、都を去ってどこか田舎でのんびり暮らします。それに、碁が悪いのではなく、科は賭にあるのです。実は、他の遊びと碁が一緒に扱われるのもたまらないのです。
そこで王様にお願いがあります。

国王
何じゃ、我が田に水を引くように、碁だけ特別扱いしたら王としての徳を疑われてしまうではないか。

大臣
碁は、古黄帝が天から授かったという伝説もあります。

国王
それは知っているが、子どもたちが5路盤あたりから始めたというのが、あなたの持論だったはずだ。君子、豹変するか。

大臣
窮すれば変ずですか。いや、私のお願いはこうです。碁盤を国王のこの部屋に飾って頂きたいのです。今、みんなが使っている17路盤ではなく新しく創った19路盤をです。

国王
我は今の17路盤でさえいつも広すぎると感じているのに、そんな大きな碁盤を飾ってどうするつもりだ。

大臣
天文方の暦博士や五経博士、特に易経博士らが、常々碁盤は19路がちょうどいい大きさだと主張しておるみたいです。

国王
あなたの話は何か要領を得ないが、我が国最高の知識階級の人々の進言ならそうしないわけにはいくまい。飾るだけでいいのだな。

大臣
ありがとうございます。17路盤までの碁は人間が創ったが、19路盤は天からの授かりものかも知れません。

清楽囲碁教室に戻って

再び現代の20世紀に戻って碁教室清楽。

王先生が、ミミ、ホセ、ヒカルの3人を相手にお話を続けています。

王先生
これまで、5路盤から19路盤まで、大体の推移を大雑把に辿ってみたが、なにしろ古い時代でというか、歴史が長いので、神話と史実がないまぜになっており、ホントかと聞かれても、自信のある答えは出来ない。
ミミ
どうして大臣は、19路盤を創って飾ってくださいと頼んだんでしょうか?
王先生
たぶん本人もその場でとっさに言ったのだろう。つまり言葉と言うものは本人の意思が発せられるのが普通だが、この場合、天の声だったのではないかと思うのだよ。予言や神意の類ではないかと。
ボガード
ブラジルのアマゾン奥地でも口寄せみたいなものがあって、薬草などを採取し、治療も祈祷もするのだそうです。
王先生
まあ、口寄せかどうかはともかく、卑近な例を挙げれば、碁はそのために「琴棋書画」としての地位に奉られたのだ。またやがて、碁所とよばれる役所も出来たみたいだ。
ミミ
それでは、天文博士や五経博士たちが碁盤の広さは19路がいいと主張したのはどうでしょう?
王先生
それも史実かどうかではなく、碁そのものの魅力が博士たちをも伝説に巻き込み、かの壮大な神秘的ともいえる叙事詩的物語を生み出したのでしょう。時間と空間をこんなに広げて展開した文学作品もないし、神話もかつてないのではないか。しかも、国造り伝説でもなく宗教の話でもなく、碁そのものに照明が当てられているのだ。

時空間が飛びまくって理解するのが難しいですが、子どもたちが5路盤で始めたのが囲碁のはじまりで、17路盤まで広がりそれが普及した。その時の計算方法は切り賃が適用されていたが、日本に入ってくるころにはすでに無かったのかもしれない。19路盤に広がったのは、神の言葉ではないか、と言う事らしいです。

次回は、適情録のお話です。

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