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第8話で王先生は、19路盤が生まれたのは「天の声」だったのでは、と話していました。今回は、その理由です。
カギになるのは、中国・明の時代(1500年代)に作られた碁の本『適情録(てきじょうろく)』。全20巻の大作で、それより古い名著『忘憂清楽集(ぼうゆうせいらくしゅう)』や『玄玄碁経(げんげんごきょう)』などの内容も取り入れた、いわば「すっごく昔の、碁の集大成本」です。
📌 この回でわかること
- 『適情録』ってどんな本?
- 碁盤と暦をつなぐ数字「360」の秘密
- 日本のお坊さん「虚中」と『適情録』の意外な関係
📖 原稿より
碁の本なのに、天文と易の話
日本にも紹介されている中国の書物に、『適情録』全20巻がある。明の時代、16世紀に出た碁の本だ。
その日本語版の第20巻には、「これは碁の本だが」とことわったうえで、「易経」という学問の成り立ちが説明され、八卦の内容などがこと細かに載っている。
かと思えば、天体の運行図や四季のめぐりから、暦の神秘的な成り立ちが説明される。そのあとで、「360」という共通の数字で、碁と暦を結びつけるのである。
まことに壮大な論説で、感嘆せずにはいられない。
つまり、神秘的な天体の運行をもとに作られ、実用的でもある暦の向かいに、これまた実用の道具である碁盤を置く。おたがいに光を当て合うことで、碁盤にも、ひいては碁にも、天文と易経の神秘性を移し、照らし合わせようという趣向なのだ。
19路盤の点の数 19×19=361
中心の「天元」をのぞくと360 = 1年の日数(当時の暦)
王先生が「天の声」と言ったわけ
私が「天の声だろう」と言った意味がわかるだろうか。いくら博士たちの専門分野とはいえ、打ち合わせなどで思いつくような内容ではないのだ。
以心伝心、天の声が博士や大臣に伝わり、さらに時を超えて以心伝心。この言葉をこう使ってよいのかわからないが、ほかに言葉が見つからない。勘弁してほしい。
19路の碁盤が王室に飾られたのが漢の時代、紀元前後だと仮定しても、そこから1500年がたっているのだ。時空を超えた壮大な叙事詩とたたえても、筆舌に尽くしがたいと言っても、とても届かない大きさなのである。
もちろん、長い長い時間と、すさまじいエネルギーが費やされている。誰が誰に命じ、いつからいつまでの作業でこの形になったのか。そして何より、何が目的だったのか。公にされていない書物などで、いまに伝わっていることもあるかもしれない。これからの研究で、意外な事実が出てくるかもしれない。
「まえがき」と、日本のお坊さん
『適情録』の著者・林応龍(りん・おうりゅう)の「まえがき」には、だいたい次のようなことが書かれている。
弘治年間(1488〜1505年)に、日本から渡ってきた「虚中(きょちゅう)」という僧がいた。博学で文章も巧み、碁も上手で、『決勝図』2巻を著した。とても立派なものだったので、それを思い出しながら、いろいろな棋譜や棋書からも取り入れ、図説も加えて全20巻とし、私の著書とした。
自信満々で「この本を世に問う」という雰囲気だ。
なんともおぼろな「あとがき」
「あとがき」もある。
囲碁の数は、天・地・人を3とし、四季を2つに分けて、天地をおおいつくす道理である。
という1行からはじまり、あとは伝え聞いた話や推測を、自分で否定してみたりする遠回しな表現が続く。
囲碁は、易か暦の関係者が作ったものではなかろうか。とても昔の伝説にはくみできない。いずれにしても聖人でなければ作れない。しかし、どの説も文献が不十分だ。
などと書いていて、くり返し読まないとわかりにくい、おぼろな文になっている。何回読んでもあいまいだ。そして結びでは、囲碁はただの遊びではないという調子で語っている。こういう書き方の技術を何と呼ぶのだろう。レトリックというのだろうか。
『適情録』の第19巻には、碁の打ち方や心構えを書いた「碁経」という章も添えられている。この「碁経」の文章が、歯切れのよい講談調の名文であるだけに、自信満々の「まえがき」は、何かを意識しながら書かれている感じがするのだ。もちろん私は日本語訳で読んでいるのだが、原文の雰囲気と大きく違うこともあるまい。
人類の遺産のひとつ
この本は高価だが、めったにない内容で、人類の遺産のひとつと言っても言いすぎではない。読まずに持っておくだけでもいいし、詰碁の実用書としても使える。
また「碁経」を読むと、人間まで上等になったような気がして、碁もひときわ強くなる。もっとも「碁経」は、『適情録』より古い『玄玄碁経』(14世紀)や『忘憂清楽集』にも載ってはいる。
さて、そろそろ本題に戻ろう。切り賃が、いまの碁からどうしてなくなったのかだ。章を改めて、また話すことにしよう。
翔編集部のひとこと
19×19=361、天元をのぞいて360。昔の暦の考え方で「1年=360日」とすると、碁盤は1年の暦そのものになります。こじつけと言えばこじつけですが、500年前の人が碁盤に宇宙を見ていたと思うと、ロマンがありますね。
そして気づいた方もいるかもしれません。『忘憂清楽集』の題名には、宮国さんの囲碁クラブと同じ「清楽」の2文字が入っています。
宮国さんが絶賛する『適情録』は、いまでは手に入りにくい本です。古本屋で探すのも楽しそうですね。同じく古典の『玄玄碁経』は、詰碁の本として手に入ります。
✅ 第9話のまとめ
- 『適情録』は、明の時代(1500年代)の全20巻の碁の本
- 碁盤の361点から天元をのぞいた360を、暦の1年と結びつけている
- まえがきには、日本から渡った僧「虚中」の名前が出てくる
連載を終えて
「切り賃が、いまの碁からどうしてなくなったのか」——王先生は「章を改めて、また話そう」と言ったまま、翔くんは「おやすみなさい」と眠ってしまいました。
宮国さんの原稿は、ここまでです。続きの章は残っておらず、切り賃がなくなった理由は、残念ながらわかりません。王先生の言葉どおり、記録に残っていない囲碁史の謎として、このまま眠ることになりました。
でも、ふり返ってみると、この物語はずっと「答えを教え込まない」お話でした。第5話で王先生は、「あまり教え込まず、碁を創る過程に参加させる」ことが大切だと語っています。もしかすると最後の謎も、読んだ私たちに「自分で考えてごらん」と残された宿題なのかもしれません。
切り賃は、なぜ消えたのか。あなたなら、どんな物語を考えますか?
5路盤の「なわばり遊び」からはじまった全9話、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。そして、この物語を書き残してくれた宮国利一さんに、心から感謝します。
清楽 碁物語 完
これから碁をはじめる方は、第1話からもう一度どうぞ。
📚 連載「清楽 碁物語」
