第7話では「切り賃」の正体を見ました。では、その切り賃はいつ、なぜなくなったのか?そして碁盤はいつ、17路から19路になったのか?
じつはこのあたり、はっきりした記録が残っていないそうです。大昔の棋譜も残ってはいますが、裏返しに写したもの、上下を逆に写したもの、左右反対に写したものまで出回っていて、本当のところをつかむのはなかなか難しいのだとか。
そこで宮国さんは、推理を「物語」にしてしまいました。今回は、遠い昔のある国の、王様と大臣のお話です。
📌 この回でわかること
- 切り賃は、日本に碁が来たころにはもうなかった?
- 碁が「博打禁止」の危機に!王様と大臣のやりとり
- 19路盤は「天の声」だった?という宮国さんの推理
📖 原稿より
遠い昔、どこかの国のお話
「切り賃」が日本の碁からなくなったのは、いつごろだろうか。大陸から朝鮮半島をへて伝わってきたころには、もうなかったのかもしれない。
歴史の事実を、仮説や推理で軽々しく決めつけてはいけない。これからの研究を待つことにして、ここでは次のように話を進めてみよう。
かの国で、紀元前後か、もっと昔のこと。17路盤が定着して、碁がとても流行した。
同じころ、双六などの遊びも流行った。しかも、ほとんどの人が何かを賭けていた。つまり博打だ。仕事をさぼって熱中する者もいただろう。
これは国王でなくても苦々しく思う。国の乱れだと感じる役人もいた。とうとう大臣たちは、改めて「博打禁止令」を出そうと考える。禁止令のようなものは前からあったはずだから、具体的に「双六や将棋などを禁止する」かどうかの話になる。
すると、正直者か、碁嫌いの大臣が「碁はどうするのですか」と言い出した。今度はほかのみんなが困って黙ってしまう。
なにしろ国王は、お妃がヒステリーを起こすほどの碁好きだったのだ。
ある日の、国王と大臣の会話
大臣
国王
大臣
国王
大臣
国王
大臣
国王
大臣
国王
大臣ふたたび、清楽囲碁教室
時代は現代に戻って、囲碁教室「清楽」。王先生が、ミミさん、ボガードさん、翔くんを相手に話を続けている。
王先生
ミミ
王先生
ボガード
王先生
ミミ
王先生編集部のひとこと
時代も場所も飛びまくるので、ちょっと整理しておきましょう。宮国さんの推理は、こんな流れです。
- 子どもたちが5路盤で遊びはじめたのが、囲碁のはじまり
- やがて17路盤まで広がって大流行。このころは切り賃を使って数えていた
- 日本に伝わるころには、切り賃はもうなかったのかもしれない
- 19路盤になったのは、博打禁止の危機に大臣がとっさに口にした「天の声」だった?
ちなみに国王のセリフ「泣いて碁を斬れ」は、三国志の故事「泣いて馬謖を斬る」(規律のためなら、かわいい部下でも処罰する)のもじりです。宮国さんのユーモアですね。
また、17路の碁盤が本当にあったことは、中国の古いお墓から見つかった碁盤でも確かめられているそうです。19路盤への移り変わりは、いまも囲碁史の大きな謎のひとつです。
※ 王様と大臣の会話は、宮国さんの創作です。
✅ 第8話のまとめ
- 切り賃がなくなった時期や、19路盤になった時期は記録に残っていない
- 宮国さんは、それを王様と大臣の物語にして推理した
- 19路盤は「天からの授かりもの」だったのかもしれない
次回予告
第9話では、王先生が「天の声」と言った理由が明らかに。500年前の中国の碁の本『適情録(てきじょうろく)』に書かれていた、「360」という数字の秘密とは……?
📚 連載「清楽 碁物語」
